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ご挨拶の後で02

ご挨拶の後で002

この動画は、パス付きの限定公開に移設しました。

なお、パスワードの申請については
「はじめにお読みください」に詳細が記してございます。

動画は姿だけでなく、声も判ってしまうため、身内バレの危険が増します。そこで、こちらの動画は、11日、12日、13日の3日間のみ、期間限定公開となります。
期間を過ぎた後は、限定公開(パスワード要)に移設する予定です。ご了承ください。
関連記事
可愛い声ですね。
智 様

こんばんは
木製ピンチ、つい最近 ご主人様にしていただいたのを思い出して、少しだけ自分と重ねて拝見しました。
自らすることに対して、抵抗があるでしょうが、みぃ様はとても従順ですね。
可愛いと思う智様のお気持ちもわかります。
私も可愛いと思っていただけるよう、従順にならなくては!
(*^_^*)
声が聞けると、グッと親近感がわくのは私だけでしょうか?

ご主人様も“動画”に興味をもたれたようです。
;^_^A
[ 2014/04/11 21:35 ] [ 編集 ]
動画熱烈推奨!
なほこ様

こんばんは^^

スカートを捲る行為にしても、木製ピンチにしても
命じたら自分でできるよう、みぃを躾けてきました。
たっぷり恥じらい、時間をかけても、最後は従順に。

私たちの関係は「絶対服従」ではないので
みぃには拒否権があります。
ただし、首輪を付けたら、拒絶は赦されません。
それが我々のpledgeなんです。

「可愛らしさ」の秘訣は、従順さだけでなく、
普段からの言動、仕草、謙虚さ、気配り・・・
様々な部分にあると思います。
なほこ様なら、絶対に可愛らしい「愛奴隷」に
なれると思います。私が請け負います。
(私が調教を付けるって意味じゃないですよw)

そうそう・・・
声を知るだけでも、急に身近に感じられますよね。
何度かオフ会に参加したことがありますが
文字だけを通じてのお付き合いだと、
人柄は文字から受ける印象を裏切りません。
でも「想像していた声と全然違ってビックリ!」
ってパターンはよくあります。

いよいよ動画ですかぁ~。
写真も動画もって、独りじゃ大変なんですけど
私は主様を心から応援しておりますw
[ 2014/04/12 05:03 ] [ 編集 ]
痛みが。。
智さま。みぃさま。

痛みは快感に変化するのは
どうしてでしょう。
脳内のβ-エンドルフィンの作用らしいが

やはり。神の成せる業としか
私には想えてならない。
その女の方が持つ天性の仕草も所作も

それに近いモノを感じてしまいます。
神の与えてくれた今なら
伴に分かち合いながら。進化と深化と

重ねあいながら生きてゆきたいと。

では。
[ 2014/04/12 08:33 ] [ 編集 ]
やり方
Ken様

痛みと快感の相互関係は、
いわゆる脳内モルヒネの作用はもちろんですが
ある研究によると・・・
快感に反応する側坐核という脳の部分が、
痛みにも反応することが判っており、
快感と痛みには明らかな共通項がある
といった説もあるようです。

およばずながら、私の経験則で申し上げると、
女性に痛みと快楽を同時に与え続け、
「痛いことをされている間は気持ちいい」
と身体に教え込む・・・

痛みと快感を同時に体験していた記憶が
脳内や身体に残っている状態で、
その後、女性に痛みのみを与えても
快感に繋がってしまう・・・
といった「幻視快感」とでもいうべき現象も
あるような気がします。

もっとも「痛み=快感」と感じる素養は、
みぃの中では最初から存在していました。
私はそっと背中を押しただけ、という気が
しないでもありません。

天性の所作や仕草、もちろん言葉遣いも含め
S男性の攻撃欲をいかに煽るよう躾けるのか、
M女性の被虐欲をいかに満足させるよう導くか、
私たちは15年間、互いの欲望が最も刺激される
「やり方」を築きあげてきたのだと思います。
[ 2014/04/12 13:06 ] [ 編集 ]
痛みと屈辱と快感
誰となく…この場を借りて少しだけつぶやきを。

ただの暴力的な痛みにさえ、女性の身体は反応し、
その痛みを少しでも緩和しようとします。
防衛本能とも言えるのでしょうね。
屈辱的な状況でさえ濡れてしまう。
けれどそれは、決して受け入れたいと思う「快感」ではないようです。
特に女性は出産という痛みにも耐えうる身体に作られています。
それでも、やはり「快感」とはほど遠い。

なら、なぜ?
きっと、身体が痛みを「受け入れたい」と望んでいるからではないのでしょうか。
その痛みさえ、嬉しいものだったり…絆を感じるものだったり…。
心が受け入れる「痛み」それが、「快感」に変わるのではないかしらと。
もちろん、科学的な分野からみればそれは物質の作用の他ならないものなのでしょうけれど。

私は、与えられる痛みも恥辱も愛情表現と感じています。
だから、今日も愛する人を想い、痛みを感じている敏感な部分を愛おしく感じて、ほんの少し触れます。
それだけで、その痛みが愛情と欲望を思い出させてくれるのです。
それが私の「快感」のようです。
また、夜の帳が降りる頃…
痛みや恥辱を伴う快感が欲しくなってしまうのでしょうね。
私はそんな「女」なんです。

[ 2014/04/13 15:00 ] [ 編集 ]
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